東京高等裁判所 昭和50年(う)105号 判決
被告人 林理助
〔抄 録〕
すなわち、関係各証拠によれば、被告人は自動車運転の業務に従事する者であるところ、昭和四七年八月五日午後四時二〇分ころ埼玉県川口市青木町一丁目二四七番地(当審当時の住居表示は、同町二丁目六番六号)丸十高橋鋳工所の幅員約五・三メートルの出入口から、同所前の同市青木町方面から本町方面に南北に通じる道路に向け、時速約五キロメートルに減速徐行して左斜に後退させつつ進出したが、左後輪が同道路左端の側溝に落ちたところで一旦停車し(この際、被告人車の後部荷台右側の道路に最も突出した部分は、道路左端から約一・五メートルの地点にあった)、その時道路左端から約一・六メートルの間隔をとって後方から直進してくる矢野鉄也乗用の原動機付自転車を一四・六五メートルの地点に発見したことが認められるほか、なかんずく、当審及び原審の検証の結果によれば、(1)本件道路の幅員は九・七メートルで上下二車線に分けられ、被告人車が進出し、かつ、矢野車両が進行してきた車線の幅員は四・八メートルであるが、本件衝突現場の左斜後方一・八メートルの地点には、道路左側端から〇・五二メートルの間隔を置いて直径〇・二メートルの電柱が立っており、結局、道路左側端から〇・七二メートルは車両の通行ができない状態にあり、更に直進車両がこの電柱の右側を安全に通行するために相当な間隔(当審鑑定人兼証人伊藤里二の供述によれば、この相当の間隔とは、幅員六四センチメートルの本件矢野車両の全幅以上の間隔ということである)を保って進行することをも考えれば、道路左側端から約一・五メートル(これは、事故後に設けられた路側帯の線とも一致する)、仮に所論のごとく少なくとも一メートルの間隔が必要だとすれば道路左側端から一・七二メートルの間隔を保って進行するのが通常と考えて差支えないこと、(2)被告人車を後退させつつ左後方の安全を確認する場合には、道路左側端と電柱との間の〇・五二メートルの間隔からも後方を見ることが可能であり、被告人車荷台後部右端を道路左端から〇・七二メートルの地点(電柱右側面と同じ間隔の地点)まで後退させたときに、運転台にいる被告人が、前記矢野のごとく道路左側端から一・六メートルの間隔を保って進行する車両を発見しうる地点は、本件衝突地点から六・〇五メートル手前の地点であるが、その後更に後退を続けることにより左後方の視野は急速にひらけ、被告人車荷台後部右端が道路左側端から一・五メートルの地点(本件事故当時に停車した地点)に至ったときには、本件衝突地点から二〇・六五メートル手前の地点までをも見とおすことが可能であることが認められ、かつ、当審における鑑定人伊藤里二の鑑定の結果によれば、所論のごとく時速三〇キロメートルの法定速度により走行する被害車両と同型の車両の停止距離は、一般の運転者を基準として空走距離の加算をしても、前後輪ブレーキとも使用の場合で九・六メートル、前輪ブレーキのみ使用の場合で一一・三メートル、後輪ブレーキのみ使用の場合で一四・三メートルであるから、前記視野は本件の直進車両をその制動距離外で発見するのに十分なものといわざるをえない。なお、所論中、本件道路の交通量が多く、二輪車等が道路中央寄りを避けて左端寄りを進行することが予測される状況にあったとする点については、これを認めるに足りる証拠はないばかりか、かえって司法巡査作成の実況見分調書によれば、本件事故後三〇分を経過した午後四時五〇分から同五時一〇分までの間でも自動車、歩行者ともにその交通量の少なかったことが認められる。
以上の諸事実に鑑みれば、被告人車が、本件車道を塞いだ部分は、実質的には、道路左側端からの一・五メートルのうち、電柱の右側端までの〇・七二メートルを除いた〇・七八メートルに過ぎず、しかも、これも前記のごとく本件道路を直進する車両が通常は通行しないと考えられる部分の範囲内であるうえ、ここに至るまでに被告人車の運転台からの左後方への視野は急速にひらけ、後方車両の安全を確認するに十分な視野を得るに至るというべきであるから、原判決が、これと同旨に出て、道路に露出する車体部分は少なく、後退にしたがって視野もひらけて行くと認定したのは相当であり、また、被告人車が時速約五キロメートルで後退した事実と、これが右のごとく安全確認のための十分な視野のえられた状態のもとにおいては危険防止のための十分な措置である点については所論も争わないところであって、これらの点を総合すれば、原判決が、被告人がかかる状態のもとにおいて、細心の注意を払いながら徐々に後退進行する限り、特に誘導員の指示に従うとか、みずから下車して安全を確認するまでの注意義務はないとした判断も相当であるといわねばならない。論旨は理由がない。
(木梨 時國 奥村)